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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8113号 判決

原告

浜田和男

被告

学校法人東京女子大学

右代表者理事長

浜田成徳

右訴訟代理人弁護士

中平健吉

河野敬

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し三九三万四八六五円及びこれに対する昭和五二年九月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  原告は被告に雇用される従業員であり、その賃金支払日は毎月二一日である。

二  原告は被告の業務命令により昭和四四年四月から昭和五〇年三月まで別表一の1ないし4の「宿直日数」及び「休日勤務日数」欄記載のとおりの回数につき宿直及び休日労働をなした。昭和四四年四月から昭和四五年三月までの宿直時間は一回につき一五時間三〇分(午後五時から翌日午前八時三〇分まで)、うち時間外労働時間八時間三〇分(午後五時から午後一〇時まで及び翌日午前五時から午前八時三〇分まで)、深夜労働時間七時間(午後一〇時から翌日午前五時まで)であり、昭和四五年四月から昭和五〇年三月まではそれぞれ一六時間(午後五時から翌日午前九時まで)、九時間(午後五時から午後一〇時まで及び午前五時から午前九時まで)、七時間(前同)であり、休日労働時間は全期間を通じ一回につき八時間であった。

三  原告の本俸月額は、昭和四四年四月から昭和四五年三月まで四万四〇九〇円、同年四月から昭和四六年三月まで五万三五〇円、同年四月から昭和四七年三月まで六万九一〇円、同年四月から同年一二月まで七万四二〇円、昭和四八年一月から同年三月まで七万八二〇〇円、同年四月から同年九月まで七万九六〇〇円、同年一〇月から昭和四九年三月まで九万二四五〇円、同年四月から同年九月まで九万四四〇〇円、同年一〇月から昭和五〇年三月まで一二万三一〇〇円であった。

四  前記三の本俸額を基準とし前記二の休日労働、時間外労働及び深夜労働につきそれぞれ二割五分及び五割の割合で休日、時間外及び深夜労働の時間当りの割増賃金を計算すると別表一の1ないし4の「二割五分増賃金一時間単価」及び「五割増賃金一時間単価」欄記載のとおりとなり、その各月合計額は右各表の「支払われるべき賃金」欄記載のとおりである(なお、昭和四四年四月から昭和四五年三月までの時間外労働時間八時間として計算した)。しかるに、被告は右金員のうち、休日及び宿直労働につき各一回八〇〇円を支給したのみであり(その支給額合計は別表一の1ないし4の「実際の支給額」欄記載のとおり)、別表一の1ないし4の「未払分」欄記載の金員合計三九三万四八六五円の支払をしない。

五  よって、原告は被告に対し右時間外手当等の未払分三九三万四八六五円及びこれに対する弁済期後である昭和五二年九月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁を否認し、再抗弁として、「原告は本件の時間外割増賃金等の不払につき被告を労基法違反により告訴したところ、昭和五二年五月被告が原告の告訴代理人に対し、和解申出をなしその際未払額を問合せたので、原告も和解につき告訴代理人に委任し右金額が三五七万六九八円に達している旨を回答したところ、被告から告訴代理人に対し減額の申入れがなされた。右和解交渉は同月一〇日、一七日、二〇日の三回行なわれ不調に終ったが、被告は債務の存在を認めたうえで減額交渉を申入れたのであるから、時効完成後にその利益を放棄した」と述べ、乙第一、二号証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として、

一  請求原因一の事実は認める。同二の事実のうち原告の宿直及び休日労働の回数につき別表二記載の限度で認めその余の事実は否認する。同三の事実は認める。同四の事実のうち被告が原告主張のように宿直及び休日労働につき手当を支給したことは認め、その余の事実は否認する。

二  原告の勤務する三鷹市牟礼所在の短期大学部は当初杉並区善福寺に置かれていたが、被告は善福寺地区を管轄する中野労働基準監督署長から宿日直につき労基法の適用除外の許可を得ていたので、牟礼移転後もあらためて同地を管轄する三鷹労働基準監督署長から同旨の許可を得る必要がないものと軽信し、許可申請手続を怠っていた。そして善福寺キャンバス(本部)、牟礼キャンバス(短期大学部)勤務の被告の職員は宿日直手当の支給を含め同一の労働条件で勤務しているのである。かかる事実関係のもとでは、原告の勤務する牟礼キャンバスにつき時間外労働等に関する労基法適用除外の許可がなくても、被告は原告主張のような労基法に基づき算出された時間外割増賃金等の支払義務を負うものではない。

三  仮に被告において原告主張の時間外割増賃金等を支払う義務があったとしても、右請求権は、本訴提起以前に時効期間である二年間を経過したから消滅した。

と述べ、再抗弁に対し「原告が被告を告訴したこと、原被告間で原告主張の日時に交渉が行なわれたことは認めるがその余の事実は否認する。被告と原告の告訴代理人が検察官の勧告により右交渉を行ったのであるが、双方とも仮に時間外割増賃金請求権が存在するとしても既に時効により消滅したことを明白に前提としたうえで、被告が原告を慰藉する意味で手続上の過誤に関する見舞金名下に一〇万円支払うことを提案したが、結局原告の容れるところとならなかったのである。このように、被告は本件の時間外割増賃金等の請求を受けたこともその減額交渉もしたことはなく、単に刑事告訴事件解決のための話合いをしたに過ぎない」と述べ、立証として、

(書証・人証略)を提出した。

当裁判所は職権で原告本人を尋問した。

理由

請求原因一及び三の事実、原告が被告が原告の時間外労働等に対し割増賃金を支払わないことを理由に労基法違反の告訴をしたところ、昭和五二年五月一〇日、一七日、二〇日の三回にわたり原被告間で交渉がなされたことは当事者間に争いがない。

先ず、時効の成否から判断する。原告が本訴において時間外割増賃金等を請求している宿直及び休日労働(以下「宿日直労働」という)は昭和五〇年三月までに関するものであり、(人証略)によれば同月における原告の最終の宿日直労働は同月二四日であることが認められる。従って、原告が仮に宿日直労働につき時間外割増賃金等を請求し得るとしても、前記争いのない事実によればその最終弁済期は遅くとも昭和五〇年四月二一日に到来していることになるから、本訴が提起された昭和五二年八月二九日には労基法一一五条所定の時効期間が経過していることは明らかである。

原告は被告が右時効期間経過後時効の利益を放棄した旨主張する。(人証略)によれば、被告は本部も原告の勤務する短期大学部も同じ地区にあり所轄労働基準監督署長により従業員の宿日直労働につき労基法四一条三号所定の適用除外許可を得て定額の手当を支給していたため、短期大学部を他地区へ移転した後も同部勤務の従業員の宿日直労働につきあらためてその地区の所轄労働基準監督署長の許可を得ることを要しないものと誤解し、原告も含め同部勤務の従業員の宿日直労働に対し移転前同様定額の手当を支給していたところ、原告の指摘により昭和五〇年一〇月短期大学部の地区の所轄労働基準監督署長より労基法四一条三号所定の適用除外許可を得たこと、その後、被告は、昭和五一年一二月に至り、前記のとおり原告から労基法違反の告訴を受けたが、検察官から使用者対従業員という間柄を考え円満に話合いをするよう勧告されたため、「被告としては、右の許可手続上に過誤があったにとどまり、宿日直手当は従前同様支給しているからそれ以上宿日直労働につき特別の金員を支払う必要はなく、また、仮に支払義務があったとしても既に時効期間を経過しているからいずれにせよ原告の宿日直労働に対し時間外割増賃金等の支払義務は存在しないが、被告控訴人としての立場において、許可を得なかった手続上の過誤につき遺憾な点のあったことを表明する趣旨で原告に対し見舞金名下に一〇万円支払う用意があること」を原告側に伝え、双方弁護士を代理人として前記のとおり昭和五二年五月に三回交渉したが、結局原告側の容れるところとならなかったことが認められる。原告は被告が右交渉において時間外割増賃金等の債務の存在を認めて減額を求めた旨主張し、自らもその旨供述するが、右供述は(人証略)との対比において採用することができない。そして、時効の利益の放棄とは時効により利益を受けるものがその利益を享受せず完成した時効の効力を消滅させる旨の意思表示であるから、右認定事実からは、被告がそのような意思表示をしたものとはとうてい認めることはできない。

よって、その他の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

(別表略)

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